イイ話

10年目の自己紹介・・・。 【2010年9月3日】

初めてブログ投稿します本社H(45歳)です。

入社はほぼ設立と同時。

ところが本社に通勤したのは累計でも2年弱・・・。

入社と同時にCナルシティのCC勤務。半年後3ヶ月ほど本社勤務となり、

東京へ「5日間だけお願いします。」といわれ、大阪経由で戻ってきたのが1ヵ月後。

Cナルシティや北九州博覧祭2001に携わり、2002年7月忘れもしない「JT」との出会い。

ワールドカップ日韓大会の日本対ロシア戦を横目に準備していました。

4年後2006年鹿児島オフィスへ。決勝のイタリア対フランス戦、ジタンの退場を見ながら

引越し作業に追われていました。

その後またJTさんへ戻り、やっと今年の6月より夢の本社勤務。

あたかもまさに今年もワールドカップ年。

 ですから私は「ワールドカップ・ダンディー」と呼ばれています。呼ばれていません。

 ということで、今回は自己紹介をさせて頂きます。

 ・趣味

音楽(ジャズ:サックスやってた。過去形です。)

CD・DVDソフト収集

最近のマイブームはディズニー映画。「TOYストーリー」最高!!

もちろんお笑いも・・。アメトーークは全巻揃ってます。

 

 ・スポーツ

中学の時は野球。高校の時ラグビーをやっていました。今は全く面影無し・・・。

実は体育会系。

・お酒

 

 「Fろうの森」ではありません。最近春吉にオープンしました『バー・ハマー』。

いまだに来店者ゼロ・・。

焼酎・日本酒・洋酒(バーボンなど)なんでもいけます。最近は久米仙にぞっこん。

・・嗜む程度です。(行くぞーみんなー!そのうち。)

・仕事のこと

得意技はExclかな。今現在の見積書や、SPのメンバー表やMQの報告書などの基は、

実はボク作。JTでもスタッフが入力するフォーマットと集計までの基本を作成しました。(自慢)

よく他社のSVからもExclのことで相談うけていましたっけ・・・。(自慢②)

・嬉しかったこと

JTスタッフの今はほぼSVに近いチームリーダーの女子。大阪出身で性格もモロ関西系。

どこでも同じでしょうけど、新人さんは質問の内容で向いているか判断していたのですが、

その子の場合は(絶対無理だ!)と思っていました。

ある日その子のエスカレ(クレーム対応)を、席がなかったのでたまたまその子の隣で対応し、

ま~るく収めました。そんな状況を横で見ており、「こんなに頑張ってもらってたんや・・。」

と気づいてもらいその後私の最初の思いとは異なり・・。

今では我々が見えていないところのカバーし、コミュニケーターを引っ張り、

JTさんも認める?いなくてはいけない存在。

もちろん可愛がっていましたが、ある日二人でたまたま喫煙室で、

「Hさんおらんくなったらウチも続けへんから・・。一心同体やからな!」と。

・・本当に涙が出そうになりました。(主婦ですけど・・。)

【教訓その一】

我々はスタッフの能力を最大限引出すことが極なのです。

・JTのこと

立上げ当時、毎月報告会として本社で直接T社長と話しをしていました。

T社長曰く「Hくん。コールセンターの運営はデーターが全てです。

どれだけデーター分析が出来るかがカギですよ。」(やっぱりこの社長天才だー。)

色々と勉強になりました。伸びる会社の仕組みが見えてきました。

一度機会があればお話ししたいと思います。

(これは情報漏えいにはならない・・だよね・・)

【教訓そのニ】

とにかく奥深いんです。エンドユーザー対応のこの仕事は!

 

SV達・・。キューティーな人々 。

 鹿児島大好きです。宮崎も大好きです。(熊本はちょっと・・・)

当時宮崎はD事務局の機能しかなく、よく宮崎にも通っていました。

南九州は「私が立上げた」ものと2ミリ思っています。

(書いたもの勝ち!)

福岡を離れて福岡が見えてきました。九州の中では福岡だけが特殊なのです。

鹿児島で「人材派遣とは!」という20年前に福岡のお客様に話ししていたことを、

よく説明しました。まだまだ人材ビジネスが浸透していないのです。福岡以外は!!

・10年目に際し

10年後を考えました。人材ビジネスがドル箱市場といわれていたのは昔の話し。

今からは本物しか残れないと思いますし、人材ビジネスが随分と変化していくのでしょう。

我々はかなり泥臭いことをやる仕事ですが、社長も言われていたように、

「人材ビジネスを科学すること」

で、もっともっと変えていきたいと思います。

とことん泥臭くやりましょうよ!(ちょっとだけアカデミックに・・)

 もっともっと書きたいことがありますが、

更新遅れてしまってごめんなさい。

一部「遅い!」と小うるさく・・・。(一部とかいて「くまもと」と読みます。)

 サイチェン!!

お初です。。。 【2010年8月25日】

暑い太陽の下
熱い気持ち
熱いハートを持って
毎日過ごしています。

どーもm(_ _)m

本社営業部所属、元野球部一番センターN岡です。

夏の甲子園は、春夏連覇に挑んだ沖縄県代表興南が優勝しました。
マウンドにあがる『トルネード』投法で世間を湧かせた島袋投手 !!

しかし、私は『レモネード』がもっと好きです。

って、
違うかー(゜Д゜)!!

冗談はおいといて…。
みなさん如何お過ごしでしょうか。

さて、4月に入社させて頂き、早くも5ヶ月が経とうとしています。
毎日マトリクスの先輩方の姿を見て勉強させて頂いております。
感謝です。

今日はいつもお世話になっている方々に、
感謝の気持ちを込めてブログを書きたいと思います☆

父と母。
野球というスポーツに出会わせて頂いた父。
野球の指導者にも関わらず、自分のスタイルを確立させようと何一つ指導しなかった。
そのお陰で『個性』を大切にし『変化』『進化』することが大切だと気付かさせてもらいました。
自分にとっていつも『見本』である父を『尊敬』しています。
いつも『笑顔』で、福祉の仕事をしているのに帰りを待っている母。
母からヒトへの『優しさ』と『気遣い』の大切さを学んでいます。
母の為にも、福祉の仕事を楽にできるマネジメントを考えたいです。

野球関係者。
16年間の野球人生で、私は成長することができました。
『挨拶』『掃除』『時間を守る』など『当たり前のことを当たり前にする』といった、基本的生活習慣が全て関わること。
学生時代、『勉強』は学生の本文であると、常に言われました。
また、野球というスポーツを通して『人格』を高めること。
指導者が口を揃えて言われたことは、『目標』『目的』を持って何事にも臨むこと。
野球のお陰で、今の自分があります。野球に携わった全ての方に感謝しております。

社長。
大学時代に出逢い、『オーラ』にやられました。
独特の『雰囲気』を持つ社長に釘付けになりました。
社長の下で勉強させて頂き、成長したいと思い入社させて頂きました。
声のトーンや目つき、人柄。どんな方も社長に首ったけになるのではないでしょうか。
毎週月曜日の朝礼…
『特に言うことはありませんが。』と言いながらも熱く語る。
いつも何を話すんだろうと耳を傾けてます。
将来は社長を抜く存在になりたいです。

MSD本社。
どんなトラブルにも冷静沈着MQチーム☆
手配はお任せ下さいSPチーム☆
長期派遣のスペシャリスト派遣管理チーム☆
IT、マネー、たのめーる。何でもやります管理本部☆
そして…
我が所属する、めっちゃ個性派営業部☆

変なネーミング付けましてすみませんm(_ _)m

営業部に配属になりまだまだ未熟者ですが、
Mり先輩の下、引き続き気合い入れていきます!!

すぐやる
必ずやる
できるまでやる
マトリクス本社営業部所属
一番オールマイティーN岡でした!!

不思議な縁です 【2010年3月13日】

“縁”と言うものは不思議なモノだと、つくづく感じさせる出来事が起きました。
9年程前の話です。
当時、私はマトリクスに転職して間もない頃でした。
北九州市にあった大型コールセンターへ
沢山のスタッフさんを派遣する仕事を担当していました。
週に1~2回訪問する、私にとってもはもちろん、
会社にとっても大切なビッグスポンサーでした。
需要が有った為、我々以外にも数社の派遣会社が出入りをしていました。
先方(派 遣先)の窓口となるご担当者は1名。
対する派遣会社の担当者は10数名。
その中で常に“1番”を目指し、結果を出すことが求められた時代でした。
幸い、当社はある程度の結果を出し、高い評価を頂いていまし た。
時は流れ、今はそのコールセンターへの派遣はお取り引きありません。
ご担当者だった方も、その後退社されたと言う噂を聞いていました。
そのご担当者の方が先日、
当社の面接ブースに座っておられたからビックリ仰天!
お会いしたのは8年振り。
コールセンターを退社された後、いくつかのキャリアを積まれたそうです。
でも何故またマトリクスにお見えになったのか?
久しぶりの再開、じっくりお話を聞いてみました。
マトリクスは業務受託や派遣だけでなく
正社員や契約社員として最初から“紹介”するシステムでもお手伝いしています。
今日はその面接の為に来社されていたそうです。
お仕事を依頼する立場とお請けする立場だった関係が
今度はお仕事を紹介する立場と紹介される立場になった訳です。
不思議な縁です。
その方は当時の名刺を頼りに
付き合いのあった派遣会社全社に電話をかけたそうです。
既に存在しない会社有り、閉鎖された拠点有る中、
唯一担当者(私)が在籍したのが、マトリクスだけだったそうです。
意外でした。
浮き沈みや統廃合の多い業界の中、
生き残り、なおかつ成長している我社を選んで下さった様です。
何となく過ぎた時間の様ですが、
客観的に考えると
自分達がやって来た道程は凄い事なんだなと、教えられた出来事でした。
しぶといですね、マトリクスさん。
その言葉は、今の時代、賞賛の言葉として

受け止めても良いのではないでしょうか?

シークレットサンタ 【2009年12月21日】

「クリスマスは誰もが幸せになれるんだよ」

 

ある年のクリスマス。

事業に失敗して途方に暮れていた彼は、空腹に耐えられずレストランに入り食事をする。

当然、お金は持っていない。

しかし、「落としてましたよ」と言われて店長に差し出された20ドル札を受取り、その場を凌いで店を出る。

数年後、再び事業に失敗。思いつめて銀行強盗まで考えるも、銀行で女の子が20ドル札を預ける光景を見て思い留まり、そして思い出す。

「あの時の20ドル札はもしや・・・」

真実の確認に向かったレストランで、彼が店長から言われたのが冒頭の言葉。

あの20ドル札は店長からのプレゼントだったのだ。

これまで自分の成功しか頭になかった彼が、「人に施しを与える事が幸せにつながる」と悟った瞬間である。

以後、彼は変装して正体を明かさぬまま27年もの間、クリスマスに貧しい人たちへ20ドル札を配り続けた。

受取った人々は驚きながらも喜び、感謝し、笑顔になる。

すると不思議な事に3度目の事業は成功し、自らの貯金を使って配った総額は日本円にして1億数千万円にもなったという。

2007年1月に58歳の若さでこの世を去った彼だが、彼の遺志を引継いだ活動は今も続いている。

 

 

これは、シークレットサンタと呼ばれたアメリカ人のラリー・スチュワート氏の話です。

「人を幸福にする事で自分も幸せになれる」と信じて続けたこの活動で、多くの人が幸せになり、感謝し、また心を動かされました。

 

ところで、人には様々な感情がありますが、人間が最終的に辿り着く感情は“感謝”なのではないかと思う時があります。

そして、仕事も生活も、感謝する事で成り立っていると。

「ありがとう」と言われれば嬉しく、この言葉に幾度となく救われてきた経験は

誰もが持っていることでしょう。

社会人になって間もない頃、「自分がしてほしいと思う事を、相手にしてあげる」

という言葉を聞いた事もあります。

この言葉を思い出すたびに、実行しようと思うのです。

まだまだですけど。

クリスマスは“感謝を示す日”にするのもいいかもしれません。

本社勤務のA♂でした。

Merry Christmas!

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